カーボンクレジットと公衆衛生|大気汚染削減がもたらす健康上の便益

はじめに:見えない脅威から、人々の「呼吸」を守る

気候変動の主な原因であるCO2は、それ自体が、直接的に、人間の健康に大きな害を及ぼすわけではありません。

しかし、CO2が排出されるプロセス、つまり、石炭や石油といった「化石燃料の燃焼」は、同時に、私たちの健康を蝕む、様々な「大気汚染物質」を、大気中に撒き散らしています。

質の高いカーボンクレジットプロジェクトは、CO2を削減するだけでなく、こうした、人々の健康を脅かす、大気汚染の問題を解決し、「公衆衛生(Public Health)」の向上に、大きく貢献する、という重要な側面を持っています。

今回は、その繋がりについて、見ていきましょう。

化石燃料がもたらす、健康への脅威

石炭火力発電所や、工場の排煙、自動車の排気ガスなどに含まれる、主な大気汚染物質には、以下のようなものがあります。

  • 粒子状物質 (PM2.5):非常に小さな粒子で、肺の奥深くまで入り込み、喘息や、気管支炎といった呼吸器疾患、さらには、肺がんや、心臓疾患のリスクを高めます。
  • 窒素酸化物 (NOx) / 硫黄酸化物 (SOx):酸性雨の原因となるだけでなく、呼吸器系を刺激し、様々な疾患を引き起こします。

世界保健機関(WHO)によれば、大気汚染は、世界で、年間700万人もの人々を、早期死亡させている、最大の環境リスクであるとされています。

カーボンクレジットは、どう「命を救う」のか?

多くのカーボンクレジットプロジェクトは、化石燃料の使用を減らすことで、CO2と、これらの大気汚染物質を、同時に削減します。

つまり、気候変動対策が、そのまま、人々の健康を守ることに、直結しているのです。

事例1:再生可能エネルギーへの転換プロジェクト

ある地域で、石炭火力発電所を、大規模な風力発電所に置き換えるプロジェクトがあったとします。

このプロジェクトは、CO2を削減するだけでなく、これまで発電所から排出されていた、大量のPM2.5や、SOx、NOxの排出を、ゼロにします。

これにより、周辺地域に住む人々の、呼吸器疾患の発生率が、劇的に低下し、医療費の削減や、平均寿命の延伸といった、計測可能な「健康上の便益(ヘルス・ベネフィット)」がもたらされます。

事例2:高効率クリーンコンロの普及プロジェクト

途上国において、室内での薪や石炭の使用は、屋外の大気汚染よりも、さらに深刻な「室内空気汚染」を引き起こし、特に、調理を担当する女性や、その傍にいる子供たちの健康を、深刻に蝕んでいます。

煙の出ない、高効率なコンロを普及させるプロジェクトは、CO2排出を削減すると同時に、この、最も弱い立場にある人々の、呼吸器疾患のリスクを、直接的に、大幅に改善します。

これは、命を救う、非常にインパクトの大きい公衆衛生プロジェクトでもあるのです。

まとめ:気候変動対策は、最大の「健康投資」である

このように、カーボンクレジットへの投資や貢献は、遠い未来の地球環境を守る、というだけでなく、今、この瞬間を生きている人々の、具体的な「健康」や「命」を守る、という、非常にリアルで、緊急性の高い価値を持っています。

気候変動対策は、コストではありません。

それは、大気汚染による疾病を減らし、医療費を削減し、人々の生産性を向上させる、社会全体にとって、最も効果的な「健康投資」の一つなのです。

あなたが選ぶクレジットが、どこかの誰かの、きれいな「呼吸」を、守っているかもしれない。

その想像力が、あなたの貢献を、より温かく、人間味のあるものにしてくれるはずです。…

循環型経済(サーキュラーエコノミー)とカーボンクレジットの繋がり

はじめに:捨てる、という概念を、捨てる

「大量生産・大量消費・大量廃棄」。

これは、20世紀の経済を支えてきた、一方通行の「直線型経済(リニアエコノミー)」のモデルです。

しかし、このモデルが、地球の資源を枯渇させ、大量のCO2を排出する原因となってきたことは、もはや言うまでもありません。

そこで今、注目されているのが、製品や資源を、廃棄することなく、繰り返し使い続ける「循環型経済(サーキュラーエコノミー)」への移行です。

今回は、このサーキュラーエコノミーと、カーボンクレジットが、どのように連携し、持続可能な社会を実現するのかを解説します。

サーキュラーエコノミーとは?

サーキュラーエコノミーは、自然界の生態系のように、全てのものが無駄なく循環する経済システムを目指す考え方です。

その核となるのが、以下の「3R」の原則です。

  • リデュース (Reduce):そもそも、使う資源の量を減らす。

    製品の長寿命化など。

  • リユース (Reuse):製品や部品を、修理・再整備して、繰り返し使う。
  • リサイクル (Recycle):製品を原材料に戻し、新しい製品の素材として再生利用する。

サーキュラーエコノミーは、どうCO2を削減するのか?

サーキュラーエコノミーへの移行は、CO2削減に絶大な効果をもたらします。

  • 資源採掘・加工エネルギーの削減:新しい製品のために、地下から鉄鉱石や石油を採掘し、加工するには、莫大なエネルギーが必要です。

    リサイクル原料を使えば、この過程のエネルギーとCO2排出を大幅に削減できます。

    (例:アルミニウムは、リサイクル原料から作ると、新規原料から作るのに比べて95%のエネルギーを節約できます。

  • 廃棄物処理エネルギーの削減:製品をゴミとして焼却する際には、多くのCO2が排出されます。

    そもそもゴミを出さない仕組みにすることで、この排出をなくすことができます。

カーボンクレジットは、どう貢献するのか?

カーボンクレジットは、このサーキュラーエコノミーへの移行を、経済的に後押しする役割を果たします。

1. リサイクル事業などを、クレジットで支援する

例えば、発展途上国で、これまで野焼きされていたプラスチックごみを回収し、リサイクル原料として再生するプロジェクトがあったとします。

このプロジェクトは、プラスチックごみの不適切な処理によるCO2排出を「削減」したとして、カーボンクレジットを生み出すことができます。

私たちがそのクレジットを購入することで、その資金が、リサイクル工場の運営や、ごみを回収する人々の雇用を支え、サーキュラーエコノミーの輪を広げることに繋がるのです。

他にも、食品廃棄物をメタン発酵させてバイオガスを生成するプロジェクトなども、代表的な例です。

2.

気候変動だけじゃない!カーボンクレジットがもたらす「コベネフィット」とは?

はじめに:一杯で、二度おいしい。そんな貢献がある

カーボンクレジットを購入する主な目的は、もちろん「CO2を削減・吸収し、気候変動を食い止めること」です。

しかし、優れたプロジェクトは、その主目的に加えて、まるで美味しいコーヒーの「サイドメニュー」のように、地域社会や自然環境に対して、様々な「良いこと」を同時にもたらします。

この、副次的な良い効果のことを、専門用語で「コベネフィット(Co-benefits / 共同便益)」と呼びます。

今回は、このコベネフィットの世界を覗いてみましょう。

コベネフィットの具体例

プロジェクトの種類によって、生まれるコベネフィットは様々です。

【ケース1】途上国の「森林保護」プロジェクト

このプロジェクトは、CO2を吸収するだけでなく…。

  • 生物多様性の保全:そこに生息する希少な動植物のすみかを守ります。

    (SDGs目標15)

  • 雇用の創出:地域住民を森林パトロール隊員として雇用したり、エコツアーのガイドとして育成したりします。

    (SDGs目標8)

  • 貧困の削減:持続可能な農法を教えることで、地域の食料安全保障と安定した収入に繋がります。

    (SDGs目標1, 2)

【ケース2】アフリカの「安全な水」プロジェクト

このプロジェクトは、汚れた水を浄化するフィルターを普及させ、薪を燃やして水を煮沸殺菌する必要性をなくすことでCO2を削減するだけでなく…。

  • 健康と福祉の向上:汚染された水が原因で起こる病気から、特に子供たちの命を守ります。

    (SDGs目標3)

  • 教育の機会創出:これまで毎日何時間も水汲みに行っていた子供たちが、学校に通う時間を得られます。

    (SDGs目標4)

  • ジェンダー平等の推進:水汲みという重労働から女性を解放し、彼女たちが他の仕事や活動に参加する機会を創出します。

    (SDGs目標5)

【ケース3】インドの「再生可能エネルギー(風力発電)」プロジェクト

このプロジェクトは、化石燃料に代わるクリーンな電力を生み出すだけでなく…。

  • 大気汚染の改善:石炭火力発電所などから排出される、健康に有害な大気汚染物質を削減し、地域住民の呼吸器疾患のリスクを低減します。

    (SDGs目標3, 11)

  • エネルギーの安定供給:これまで頻繁に停電が起きていた地域に、安定した電力を供給し、地域の産業や教育の発展を支えます。