はじめに:そのCO2、いつまで「隔離」しておけますか?
カーボンクレジット、特に、植林や、土壌改善といった、自然の力を利用した「炭素除去(リムーバル)」プロジェクトを評価する上で、避けては通れない、最も重要で、かつ、最も難しい概念。
それが、「永続性(Permanence)」です。
これは、一言でいうと、「プロジェクトによって、大気中から取り除かれ、貯留された炭素が、どのくらいの期間、再び、大気中に放出されることなく、安全に隔離され続けるか」という、時間の概念です。
100年後、1000年後も、その炭素は、本当に、そこにあり続けますか?
今回は、この、奥深い「永続性」の世界を、探求してみましょう。
なぜ「永続性」は、これほど重要なのか?
大気中に排出されたCO2は、その多くが、数百年以上にわたって、大気中に留まり、地球を温め続けます。
したがって、そのCO2を除去した、と主張するためには、除去した炭素もまた、それと、同程度の期間、確実に、大気から隔離され続けなければ、気候変動に対する、真の解決策とは言えません。
もし、植林プロジェクトで、植えた木が、わずか数十年で、伐採されたり、火事で燃えたりして、吸収したCO2が、再び、大気中に戻ってしまったら、それは、単に、炭素を「一時的に、借りていただけ」に過ぎなくなってしまいます。
プロジェクトタイプによる、永続性の違い
「永続性」の度合いは、プロジェクトの種類によって、大きく異なります。
- 地中貯留(Geological Storage):
・例:DAC(直接空気回収)で回収したCO2を、地下深くの安定した地層に封じ込める。
・永続性:1000年以上。適切に管理された地層に貯留されたCO2は、事実上、半永久的に隔離されると考えられており、最も永続性が高い方法とされています。
- 鉱物化(Mineralization):
・例:回収したCO2を、コンクリートなどの鉱物と、化学的に反応させて、安定した炭酸塩として固定する。
・永続性:1000年以上。地中貯留と並び、非常に高い永続性を持ちます。
- バイオ炭(Biochar):
・例:バイオマスを熱分解して炭にし、土壌に貯留する。
・永続性:100年〜1000年程度。炭の品質や、土壌の環境によりますが、非常に長い期間、炭素を安定して保持できるとされています。
- 森林・土壌(Forests and Soils):
・例:植林、森林管理、リジェネラティブ農業など。
・永続性:10年〜100年程度。自然の生態系を利用するため、常に、火災、病虫害、違法伐採といった「リバーサル(再放出)」のリスクに晒されています。
永続性の確保が、最大の課題です。
市場は、どう「永続性リスク」に対応しているか?
永続性が、比較的低い、森林プロジェクトなどに対して、市場は、主に二つの方法で、そのリスクに対応しています。
- バッファープール:以前にも解説した、クレジットの一定割合を「保険」としてプールしておく仕組み。
これにより、個別のプロジェクトで、リバーサルが起きても、市場全体の価値が、毀損しないようにしています。
- モニタリングの長期化:プロジェクトが終了した後も、何十年にもわたって、その土地の状態を、衛星データなどで、継続的に監視し、炭素が、きちんと貯留され続けているかを、追跡する義務を課します。
まとめ:時間の「質」を、見極める
カーボンクレジットを選ぶ際、私たちは、単に「何トンのCO2を削減・除去したか」という「量」だけを見てしまいがちです。
しかし、これからは、「その炭素を、どのくらいの期間、隔離し続けられるのか」という、時間の「質」、すなわち「永続性」の視点が、ますます重要になります。
価格は高いけれど、永続性が、ほぼ保証されている、DACのクレジット。
価格は安いけれど、永続性リスクを抱える、森林のクレジット。
どちらが、より「価値がある」のか。
その問いに、簡単な答えはありません。
しかし、この「永続性」という、時間軸の概念を、あなたの判断基準に加えること。
それが、気候変動という、数百年スケールの、壮大な課題に、真に、意味のある貢献をするための、第一歩となるはずです。